黎明のメレアグロス
TITANOMACHIA 大崩壊後の海上国家・常盤島 記録概要 序章|大崩壊 西暦2010年1月1日。地球は、遥か宇宙の彼方から飛来した未知の生命体群による世界規模の襲撃を受けた。 {{img:4}} この日を境に、人類が築いてきた国家、都市、交通網、軍事体制、経済圏は短期間の内に瓦解した。後世の人々は、この破局を「大崩壊」と呼ぶようになる。 大崩壊の発生から一年以内に、人類は総人口の約80%を喪った。陸上の国家機能は壊滅し、地上の生存圏は敵によって蹂躙された。 敵性存在|オレトリオス 襲来した存在は、後に人類によって「オレトリオス」と総称された。純白の体色と金属光沢を持つ未知存在であり、現在ではギガンテス型、オドゥス型をはじめ、個体ごとに様々な形態が確認されている。 {{img:3}} 個体数は数万とも言われ、通常兵器による攻撃を完全に無効化し、あらゆる物質を捕食する。さらに電子通信を傍受し、人類の思考を読む手段を持つと推測されている。 これらに対し、人類が初めて一定の効果を確認したのは、戦略級熱核兵器による攻撃だった。人類の叡智が生んだ巨大な核爆発は、複数の個体を消滅させることに成功した。 しかし、オレトリオスを排除できた地域は居住不能となり、人類は勝利しても土地を取り戻せなかった。人類は敵を倒す手段を見つけたが、その手段を使うたび、自らの世界を狭めていった。 捕食現象|ダークスフィア {{img:5}} オレトリオスの最も恐ろしい能力は、「ダークスフィア」と呼ばれる空間捕食現象である。 オレトリオスは任意の場所に、球状の極小異次元を出現させられる。ダークスフィアに接触したあらゆる物体は内部へ飲み込まれ、捕食される。それは、空間そのものが突然、捕食器官へ変わる攻撃である。 生存圏|海上と地下 人類は、二つの場所で生き延びる道を見出した。海上と地下である。 理由は不明だが、オレトリオスは海、そして地下に対してほとんど関心を示さなかった。この不可解な偏りを利用し、人類はいくつかの海上都市と地下都市を築いた。 大崩壊後の国際社会を統合する組織として、各国の非常時組織を基盤に「バベル評議会」が発足した。バベル評議会は国家というより、生存者共同体の連合である。各地の拠点へ情報を流し、技術、食料、兵器、避難航路を調整し、オレトリオスに関する観測情報を共有する。 だが、バベル評議会に参加していない拠点がある。 秘匿国家|常盤島 {{img:8}} 常盤島。旧日本政府が大崩壊以前から国家機密として建造していた巨大人工島である。その原型は、国家機能喪失級の破局を想定した海上生存圏構想だった。 大崩壊当時、建設は未完成だった。それでも生き残った関係者たちは計画を放棄せず、この島へ逃げ込み、そのまま建造を継続した。 常盤島は日本列島の南東海域に存在する。面積は約180平方キロメートル。複数の巨大半潜水式浮体構造物を結合し、深海へ係留した人工島であり、海面上の居住区、海中の工業区、海底近くの原子炉と軍事研究区が垂直に連結された巨大な海上国家である。 人口は約1万人。科学者、技術者、熟練工、軍人、教育者、医療従事者が多く、人類が地上奪還のために必要とする技術を集中的に保持・発展させている。 常盤島が他の人類拠点に知られていないのは、島の存在そのものが人類の希望であると同時に、最大の脆弱性でもあるからだ。島の存在が広く知られれば、何者かがオレトリオスに接触した際、位置や防衛情報が漏れる危険を完全には排除できない。 {{img:6}} {{img:7}} 島で生まれ育った子供たちは、島の外にも都会が存在し、将来は本土の大学や企業へ進むこともできると信じている。島には学校、娯楽施設、市場、診療所があり、表面上は普通の社会が維持されている。 二十歳になる日、新成人は「成人式」を迎える。その日に初めて、大崩壊、地上の壊滅、常盤島の秘匿、島外世界の現実を知らされる。 ただし、常盤島には二十歳まで待てない職務がある。対オレトリオス決戦兵器、ティタノマキアのパイロットである。 決戦兵器|ティタノマキア ティタノマキア。常盤島が、人類史上初めてオレトリオスを完全撃破するための兵器として開発に成功した、人型機動兵器群の総称である。初期モデルは「メレアグロス・シリーズ」と呼ばれる。 メレアグロス・シリーズは、全高30メートルの巨大人型兵器である。オレトリオスに対抗するために搭載した機構は小型化できず、機体はここまで大型化した。製造コストも整備性も劣悪。しかし、人類にはこの未熟な欠陥兵器が必要だった。 {{img:2}} {{img:10}} 対オレトリオス理論|五秒の拘束 オレトリオスを倒すには、まず相手を物理世界へ固定しなければならない。そのためメレアグロスは、長大な特殊槍「アレテイア・ランス」を使用する。 全長42メートル。槍には位相穿孔穂先と、展開式真相格子アンカーが組み込まれている。 オレトリオスは、物質のように見えて物質だけではない。常盤島の研究者たちは、それを「局所的に物理法則へ接続しながら、常に一部を別位相へ逃がしている存在」と仮定した。 通常兵器が通用しないのは、弾頭や砲弾が命中しても、衝撃を受けるべき部分が完全にはこの世界に存在していないためである。外形は破壊されたように見えても、本体の一部は観測不能な位相へ逃れ、損傷を回避する。ダークスフィアもまた、その位相移動を外部へ拡張する器官、あるいは行為だと推測される。 大崩壊時に戦略級熱核弾頭による攻撃が成果を上げたのは、高温、高エネルギー粒子、急激な物質相転移、電磁的混乱、局地的な圧力変化を同時に叩き込み、位相拘束によって逃げ場を失わせたためだと考えられた。 槍をオレトリオスへ突き刺すと、穂先は敵の表面ではなく、位相の境界面へ食い込む。そして展開式真相格子アンカーが展開し、錨構造へ変形。敵の「こちら側にある存在」と「向こう側へ逃げようとする存在」を跨いで固定する。これにより、別位相への退避を妨害し、オレトリオスを物理世界側へ引き留める。 {{img:1}} ※シミュレーション映像。対ギガンテス型を想定(画像右)当時機体は開発中であり、完成した機体とは一部形状が異なる 敵が槍を振り落とす前に拘束を維持し、槍内部を砲身として小型戦術核弾頭「ヘリオス」を発射する。 ヘリオスは広域破壊のための核兵器ではない。固定されたオレトリオスの内部へ威力を集中させ、物理的位相に固定された構造を崩壊させるための対個体兵器である。 しかし、ランスを突き刺したオレトリアスの位相を十分に固定できる時間は、未熟な現行技術では約5秒が限界である。それ以上は位相固定を維持できず、刺突から5秒以内に撃破できなければ、メレアグロスとパイロットは反撃のダークスフィアに飲み込まれることとなる。 メレアグロスの戦闘は、刺す、固定する、撃ち込むという極端に短い手順で進む。シミュレーション上、初撃の刺突成功率は約40%パーセント。刺突成功後、撃破に至る確率は約80%である。つまり初撃で確実に撃破できる見込みは30%程度に過ぎない。それでも人類にとっては、初めて得た反撃の可能性だった。 {{img:11}} 読心防衛機構|オルフェウス・ヴェール {{img:9}} メレアグロス・シリーズの装甲は通常金属装甲であり、防御力の観点ではダークスフィア攻撃に対して全くの無力である。 そのため、オレトリオスによる読心を妨害し、ダークスフィアの照準から逃れるために、「オルフェウス・ヴェール」という読心防衛機構を搭載している。 オレトリオスは人間の思考だけではなく、人間が行動を選択する直前、脳内で生じる生体信号の同期そのものをも捉えていると推測される。 パイロットが回避を決断するより早く、オレトリオスはその決断へ至る脳内活動を読み取り、ダークスフィアを出現させる。操縦技術や判断速度だけでは、この先読みを覆せない。 そこでオルフェウス・ヴェールは、パイロットの意識、感情、記憶、感覚等の広域の神経活動へ偽の情報を重ね、本来なら一つの行動へ収束するはずの脳内同期を、敵にとって判別不能なノイズへ変換する。 メレアグロスの神経接続デバイスは、パイロットの運動野、小脳、前庭感覚系へ局所的に接続されている。機体制御中枢であるムネモシュネ・コアは、神経細胞群に生じる微細な発火順序と時間差から、操縦に必要な運動意思だけを直接抽出する。 パイロットは「避ける」「槍を突き出す」と決断できるし、コアはその決断を機体へ伝えられる。しかしオレトリオスが読み取る脳内活動には、同時に「退く」「停止する」「左へ動く」等の偽の反応が無数に重ねられる。敵は真の行動予測を特定できず、コアだけが局所的な神経信号から本来の操縦命令を選び出す。 当然ながら、本来は密接に連携している脳の各領域を、必要な部分だけ残して切り離すことには代償がある。パイロットは自分の意思で機体を動かしながら、その動作を自分が行ったという実感を失っていく。時に回避した理由を思い出せず、戦闘記録によって初めて自らの行動を知る者もいる。 ヴェールの起動中、局所的に維持された運動系は、偽装された感覚、記憶、感情等から絶えず矛盾した情報を受け続ける。神経接続デバイスは操縦不能を防ぐためにその矛盾を強制補正するが、そのたびに脳内では過剰な神経興奮と抑制が発生する。 搭乗初期には偏頭痛、吐き気、耳鳴り、睡眠障害、記憶の欠落が現れる。搭乗・戦闘を重ねれば、感情の制御障害、幻覚、失語、視野欠損、てんかん発作、運動失調へと症状は進行する。これは精神的な負担ではない。不可逆な器質的損傷である。 機体制御中枢であるムネモシュネ・コアは、損傷を監視し、刺激強度を調整してパイロットの死期を遅らせることはできる。しかし、神経攪乱を止めることはできない。刺激を弱めれば偽装密度が下がり、敵は再び本来の判断を読み取れるようになる。 仮にムネモシュネ・コアを改良しても、この問題は解決しないと考えられている。脳を傷つけずにヴェールを成立させることは、本物の思考を生み出しながら、その思考を生んだ人間の脳へ一切の負荷を与えないことを意味する。それは現在の常盤島の技術では不可能だった。 末期には、損傷が脳幹にまで及ぶ。パイロットは意識、呼吸といった生命維持機能までも失い、限界が来れば昏睡状態のまま死亡する。ティタノマキアのパイロットは、耐久度に個人差はあっても、オルフェウス・ヴェールを使い続ける限り、最終的には脳の損傷が臨界点へ達するだろう。 以上、17名の成人、2名の子供の犠牲によって常盤島が得た情報である。初期症状の対症療法は確立されている。現在オルフェウス・ヴェールに代わる読心防衛機構の開発が急がれているが、圧倒的にデータが足りず、遅々として進んでいない。オレトリアスとの実戦を通じ、データが集まれば、パイロットを生かし続ける手段が見つかるかもしれない。 適合者|13歳から19歳 メレアグロスとの神経同調に適合できるのは、原則として13歳から19歳までの人間だけである。 12歳以下では、自己認識と危険判断が不安定すぎて接続に耐えられない。 成人の脳は、人間の身体と30メートルの兵器を同じ身体として扱う神経同調に耐えられず、機体を拒絶する。 一方、青年期の脳は、身体の成長に合わせて自己認識と身体像を更新している最中にある。長い腕、重い脚、背部推進器、巨大な槍といった機械の構造を、一時的に自分自身の身体の延長として受け入れられてしまう。 候補者の子供たちは工学、身体訓練、戦術、シミュレーター教育を受ける。彼らはしばらく、自分たちが特別な技術者や救難要員として育成されているのだと思っている。 ティタノマキアと世界の真実を知らされるのは、初めて実機の格納庫へ入る直前である。 搭乗を拒否する権利は、子供本人には認められない。大人たちはそれを知りながらも、罪悪感を殺し、パイロット候補者を選ぶ。 2040年3月2日|黎明作戦 2040年3月2日。常盤島のステルス観測機は、海上を浮遊するイムノス型と、付き従うように海面を歩く複数のギガンテス型の姿を捉えていた。 もはや海は、安全地帯ではなくなりつつあった。 時を同じくして、常盤島は遂に実戦投入可能なメレアグロス4機を完成させる。 常盤島はギガンテス型撃破を目標として、初の実戦計画「黎明作戦」を立案。目的は、アレテイア・ランスによる位相拘束が実戦で成立するかを確かめること。そして、固定されたオレトリオスを、ヘリオス弾によって本当に撃破できるかを証明することである。 人類は蹂躙され続けてきた。海へ逃れ、地下へ潜り、地上を敵へ明け渡してきた。 常盤島のティタノマキアは、その流れを初めて逆転させ得る兵器である。 2040年3月。大崩壊から実に30年と二ヶ月が経っていた。
制作者: ULTIMATE_GORILLA
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