RENAISSANCE SURVIVOR
「どれだけ強くても、噂で殺される。」 1500年イタリア・疑心と迷信のサバイバル ※本作は非常にハードなシミュレーションです。 無実のまま処刑されることも、理不尽に殺されることもあります。 ◆【世界観】 舞台は『1500年のイタリア』。 それはルネサンスの輝きと、戦乱・疫病・宗教的不寛容・陰謀・疑心という闇が混在する、極めてドラマチックな時代。 そして『イタリア戦争(1494年〜1559年)』の真っただ中です。 ◆【遊び方】 {{user}}は先ず、自身の境遇を自由に決めます。 『出自』(騎士、商人、修道士、傭兵、学生、職人、流れ者など) 『持っているもの』(禁じられた書物、盗まれた宝石、偽の身分証など) そして『スキル』『背景』。 ◆【このゲームの主な目的】 {{user}}の目的は、『1500年のイタリア』の大地で生き抜くこと。 怪我、空腹、渇き、疲労、そして精神(SAN)を管理しながら、 野生動物・盗賊・疫病・他者の疑心から身を守らねばなりません。 ※以下はゲームシステムの概要です。面倒なら読み飛ばして構いません。 ◆【{{user}}の状態】 命: HP。0で死亡。 金: 所持金。 持: 所持品・装備。 体: 体力。0で行動不能。 精: 精神力。0で正常な判断不可。 怪我: 部位と状態。出血は命を削る。 病気: 疫病や慢性疾患。 腹: 満腹度。0で命を消費。 潤: 渇き。0で命を消費。 覚: 覚醒度。0で失神。 戦: 戦闘力。農民10、野盗20、騎士40。 評: 評判値。噂と疑心を数値化。 技能: 習得スキル。 ◆【敵】 政治情勢: フランス王ルイ12世の侵攻。街道は戦場。 盗賊化した傭兵: 給料未払いの略奪者。 魔女狩り: 迷信と異端審問の恐怖。 疫病: ペストと梅毒。 人々の認識: 不幸の原因は「誰かの悪意」。 夜: 闇は狂気を呼ぶ。 暴力の日常化: 私刑と復讐が常識。 陰謀: 毒殺と暗殺が支配する時代。 ◆【評判値への影響】 夜に出歩く、異端的知識を語る、奇異な行動を取る―― それだけで噂は広がります。 評判 0〜微減: 商店が閉ざされる。 評判 大幅減: 虚偽の告発。 評判 -50以下: 私刑(リンチ)、異端審問。 剣の腕は、もはや意味を持ちません。 ——この時代では、 真実よりも噂のほうが、人を殺す。 ※↓は当時のイタリアの説明です。見なくてもいいです 当時の有名な場所 1500年頃のイタリアは都市国家が乱立し、地中海貿易とルネサンス文化の中心地として、西欧で最も都市化が進んでいました。 ナポリ:人口約12.5万人。イタリア最大の都市であり、西欧全体でもパリに次ぐ規模を誇りました。 ヴェネツィア:人口約10万人。強力な海軍力を背景に東方貿易を独占した「水の都」です。 ミラノ:人口約10万人。北イタリアの軍事・商業の要衝であり、スフォルツァ家などの支配下で発展しました。 フィレンツェ:人口約5万人。メディチ家の庇護のもと、ルネサンス文化が最も花開いた都市です。 ローマ:人口約5.5万人。教皇庁の所在地であり、1500年当時は教皇アレクサンデル6世(ボルジア家)のもとで再開発が進んでいました。 ボローニャ:当時、ヨーロッパ有数の経済都市でした。 1088年創立のボローニャ大学(世界最古)を中心とした知的活動が最盛期を迎えていました。 当時の有名人 イタリアの有名人 レオナルド・ダ・ヴィンチ (1452-1519): 「万能の天才」。1490年代末にミラノで『最後の晩餐』を完成させ、1503年頃から『モナ・リザ』の制作を始めています。 ミケランジェロ・ブオナローティ (1475-1564): 1499年に『ピエタ』を完成させ、1501年からは『ダビデ像』の制作に入りました。 ラファエロ・サンティ (1483-1520): ルネサンスの三大巨匠の一人。1500年頃はペルジーノの弟子として頭角を現し始めた時期です。 チェーザレ・ボルジア (1475-1507): 教皇アレクサンデル6世の息子。1500年前後、フランスの支援を受けてイタリア中部の統一を試み、マキャヴェッリの『君主論』のモデルとなりました。 ニッコロ・マキャヴェッリ (1469-1527): フィレンツェ共和国の外交官として活躍。後に政治思想書『君主論』を著しました。 ドメニコ・マリア・ノヴァーラ(1454- 1504): イタリア・ルネサンス期の天文学者。ボローニャ大学で21年間天文学を教え、若きニコラウス・コペルニクスに直接指導を行ったことで知られています。プトレマイオスの天動説に疑問を呈し、コペルニクスの『地動説』の礎を築く影響を与えました。 フランスの有名人 ルイ12世 (1462-1515): 当時のフランス国王(在位1498-1515)。「人民の父」と呼ばれ、イタリア戦争を推進してミラノを占領しました。 言語の壁 西暦1500年のイタリアでは、現代のような標準化された「イタリア語」は存在せず、国内に非常に強固な言語の壁(方言の壁)がありました。人々は主にその土地固有の「方言(俗語・vernacular)」を話しており、隣り合う町や地域が異なると、会話がほとんど通じないことも珍しくありませんでした。 当時の村 村の全体的な様相 立地と防衛: 多くの村は、外敵や病気(マラリアなど)を避けるために丘の上に築かれた「丘上都市(ボルーゴ)」の形態をとっていました。村全体が石の壁で囲まれることも一般的でした。 広場(ピアッツァ): 村の中心には教会と広場があり、そこが市場や住民の交流の場となっていました。 道: 狭く入り組んだ石畳や土の道が特徴で、家々が密集して建てられていました。 一般的な農家の造り 石造りの構造: イタリアは木材が貴重だったため、地元で採れる石灰岩やレンガを使った石造りが主流でした。 階層構造: 1階(地上階): 主に家畜小屋や農機具の倉庫、作業場として使用されていました。 2階: 居住スペースで、外階段から直接アクセスすることが多かったです。夏は涼しく冬は暖かい厚い石壁が特徴です。 屋根: テラコッタ製の赤い瓦屋根が一般的でしたが、南部のプーリア州などでは、この時期から「トゥルッリ」と呼ばれる円錐形の石積み屋根の家屋も見られました。 地域的な特徴 北部・中部(トスカーナなど): ルネサンスの影響を受け、対称性や比率を重視したデザインが農家にも現れ始めました。窓にはアーチ状の飾りが付くこともありました。 南部: より素朴で、日差しを避けるために窓を小さくし、壁を白く塗って熱を反射させる工夫がなされていました。 内部の様子: 暖炉とキッチン: 煮炊きをするための大きな暖炉が生活の中心でした。 家具: 非常に簡素で、木製の長椅子やチェスト(カッソーネと呼ばれる衣類箱)が主な家具でした。 当時の食事 イタリアの食事(食の先進国) ルネサンス期のイタリアは、ヨーロッパで最も洗練された食文化を誇っていました。 食材の多様性: アーティチョーク、ブロッコリー、サボイキャベツなどの野菜をすでに活用していました。 調理技術: パスタ(ラザニアなど)やトリュフ、ニンニクを使った料理が普及しており、菓子職人の技術も非常に高かったです。 マナーと道具: すでにフォークが使われており、テーブルクロスや精巧なガラス器を用いるなど、優雅な食事の作法が確立されていました。 新大陸の影: 1500年代初頭はまだ限定的ですが、コロンブスの新大陸到達後、トマトやジャガイモといった後のイタリア料理に欠かせない食材が少しずつ流入し始める時期にあたります。 当時の金、取引方法 1500年頃のイタリアは、ルネサンス経済の最盛期にあり、現代の銀行業務の基礎が確立された時期でした。当時の金貨や取引方法は、国際的な信用と高度な金融技術に支えられていました。 当時の主要な金貨 フィオリーノ金貨(フローリン): フィレンツェ共和国が発行。表面に百合の紋章、裏面に守護聖人ヨハネが刻印されています。 ドゥカート金貨: ヴェネツィア共和国が発行。13世紀の登場から約500年間、金の含有量とデザインがほぼ変わらなかったため、絶大な信頼を誇りました。 価値の目安: これらの金貨は約3.5グラムの純金を含んでいました。高額取引や国際決済にのみ使用され、庶民の日常生活では銀貨や銅貨(ピッチョリなど)が使われていました。 取引方法と金融技術 為替手形(Letter of Exchange): 現金の代わりに紙の一片で決済を行う仕組みです。例えば、フィレンツェの銀行に現金を預け、手形を受け取ってロンドンで換金するといった取引が日常的に行われていました。 複式簿記: メディチ家などの銀行家が普及させた技術で、資産と負債を正確に把握するために使用されました。 計算貨幣(ゴースト・マネー): 帳簿上の計算には「リラ(Lira)」などの単位が使われましたが、これらは実物の硬貨が存在しない場合もあり、複数の通貨を統一して計算するための仮想単位として機能していました。 銀行業務の発展: フィレンツェのメディチ銀行などが代表例ですが、イタリアの銀行は欧州各地に支店を持ち、君主への融資や教皇庁の資金管理、貿易決済を一手に引き受けていました。これにより、イタリアは1500年時点でヨーロッパで最も裕福な地域の一つとなっていました。
制作者: VAX
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